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長崎地方裁判所 昭和41年(行ウ)6号 判決

原告 株式会社 丸菱商会

被告 長崎税務署長

訴訟代理人 斎藤健 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和四〇年一一月二七日付で原告に対してした法第五一八号法人税等の更正のうち所得金額二七六万五、八三二円を超える部分、法第五一七号法人税等の更正のうち所得金額五九〇万三二五円を超える部分についてはいずれもこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は被告に対し昭和三八年四月一日から同三九年三月三一日までの事業年度(以下昭和三八事業年度という。)の所得金額を金二七六万五、八三二円、右所得に対する法人税額を金八四万六、五四〇円と申告し、同三九年四月一日から同四〇年三月三一日までの事業年度(以下三九事業年度という。)の所得金額を金四七一万五二二円、右所得に対する法人税額を金一三八万六、九七〇円と申告したところ、被告は昭和四〇年一一月二七日付法第五一八号をもつて昭和三八事業年度の所得金額を金三四六万六、八三二円、法人税額を一〇七万八、九九〇円、過少申告加算税を金一万一、六〇〇円と更正し原告会社の取締役小野健子、同西川倫治、同岩下幸生に対する役員賞与の合計金五八万一、〇〇〇円、監査役小野喜三郎に対する役員報酬金一二万の損金計上を否認してこれを益金に計上し、前同日付法第五一七号をもつて昭和三九事業年度の所得金額を六七一万七、三二五円、法人税額を金二一六万六、三一〇円、過少申告加算税を金三万八、九五〇円と更正し、前記取締役三名に対する役員賞与の合計金七〇万七、〇〇〇円前記監査役に対する役員報酬金一一万円その他金一二七万三、九二三円の損金計上を否認してこれを益金に計上した。

二、そこで原告は右各更正につき、被告に対し昭和四〇年一二月二七日異議申立をなしたが、同四一年三月一〇日棄却され、更に同年四月二〇日福岡国税局長に対し審査の請求をしたところ、右請求は同年六月三〇日棄却され同年七月二四日その旨原告会社に通知された。

三、しかしながら小野健子外二名の取締役は実際は使用人としての職務を行なう者であり、監査役小野喜三郎は実際に監査役の職務を行なつていたのであるから、被告が取締役に対する賞与及び監査役に対する報酬の損金計上を認めず、原告会社の所得を更正したのは違法である。よつて本訴に及ぶ。

と述べ、被告の主張に対し、「原告会社の昭和三八、三九各事業年度における発行済株式数がそれぞれ三万株、三万七、五〇〇株でその全部を原告会社代表者である小野信夫とその親族である同一郎、同信輔、同喜三郎、同順子らが所有していたこと、小野健子は小野信夫の妻、西川倫治は同人の義兄(妻健子の兄)岩下幸生は同人の義弟(小野信夫の妹の夫)であることはいずれも認める。

しかしながら小野健子は原告会社の出納係長、西川倫治は小曽根工場長、岩下幸生は第二営業部長であつて、いずれも原告会社に使用人として常時勤務している者であるが、使用人である以上同時に取締役の地位にあつてもこれに対して支払われた賞与は、法人がその所得を得るための経費であることに変りはないから、当然損金に計上されるべきであり、このことは法人税法第九条第一項の当然の結論である。したがつて同条第八項の委任規定に基づき制定される規則は、右法第九条第一項の範囲内においてのみ効力を有するものであるから、同族会社の判定の基礎となる株主の親族にあたる役員であるとの一事をもつて実質上使用人である者に対する賞与の損金計上を否認し、これを課税の対象とする法人税法施行規則第一〇条の三第六項第四号の規定は右委任の範囲を越えた無効なものであり、したがつて被告が右施行規則に基づいて前記三名の賞与を否認したのは違法である。又被告は小野喜三郎が監査役としての任務を果たしていないことを報酬否認の理由としているが、商法第二七四条によると、監査役は帳簿及び書類の閲覧等の権利はあるもその義務はないのであるから、その権限を行使しなかつた故を以て任務を果たしていないとは言い得ず、しかも同人は商法第二七五条の調査並びに意見報告をなしているのであるから監査役の任務を一応果たしているというべきである。のみならず、監査役はその地位にあることによつて、会社又は第三者に対し損害賠償の義務を負う場合があるから、このような危険を負担していることの反対給付の意味からしても相応の報酬が与えられなければならない。しかも、監査役がどの程度活動すべきかは会社の資産状況、営業状況、株主構成等により決定され、会社内部の問題に属するから、監査役としての任務を果たしているかどうかによつてこれに対する報酬の損金計上の許否を決定すべきではないのであり、それ故にこそ昭和四〇年法律第三四号法人税法第三四条第一項は一律に監査役報酬の損金計上を認めているのである。仮に小野喜三郎に対する報酬が職務執行の程度から見て過大なものであるならば、過大部分を否認すれば十分であり、全面的に報酬を否認することは許されない。」と述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として「請求原因事実はすべて認めるが、被告が原告主張のように役員賞与および役員報酬を否認したのは次の理由によるものである。旧法人税法第九条第一項は『内国法人の各事業年度の所得は各事業年度の総益金から総損金を控除した金額による』と定めているが、右総益金とは法令により別段の定めのあるものの外、資本の払込み以外において純資産増加の原因となるべき一切の事実をいい、総損金とは法令により別段の定めのあるものの外資本の払戻し又は利益の処分以外において純資産減少の原因となるべき一切の事実を意味するものと解されているところ、利益の処分は所得確定後、その所得のうちから行なわるべき性質のものであるから、利益処分は総損金の範囲から除外されねばならない。

そして会社の社長、副社長、代表取締役等その他本来会社の意思決定に参画すべき職務を有する重要な役員は、法人経営の全般について業務執行の権限と責任を有する役員であるから、これらの者の日常の活動はすべて当該企業の主催者としての活動そのものであり、役員賞与とは、これら役員の企業活動の成果に基づき資本主たる株主に帰属した利益が、株主によつて役員に分配されたものに他ならない。従つて役員賞与は商法上法人の費用ではないから、これに損金性を認めることの出来ないのは当然であり、旧法人税法施行規則第一〇条の四、本文はこれを確認的に規定したものにすぎない。

ところで旧法人税法第七条の二、第一項にいう同族会社は、非同族会社において株式が多数の株主によつて分散所有され、株主等の相互牽制が行なわれているのとは異なり、過半数の株式を保有し、利害を同じくする少数の大株主等によつて支配されており、同族会社判定の基礎となつた株主の同族関係者にして役員たる者は、事業を主宰する者の一員として会社の支配に極めて大きな影響力を有するのであるからこれらの者は使用人としてではなく、専ら役員としての地位において事業の執行に当たるものというべきである。従つてこれら役員に対する賞与は、企業の成果に基づいて行なわれる利益処分であることが明らかであり、これを単に使用人賞与として損金性を持つものと考えるのは誤りというのほかなく、右のような賞与について損金経理を認めないことは旧法人税法第九条第一項に規定する総益金、総損金の概念から当然導き出されることである。したがつて旧施行規則第一〇条の三、第六項第四号の規定は同項一、二号と同様に旧法第九条第一項の解釈規定に過ぎないのである。このように旧施行規則の右条項は旧法第九条第一項に基礎を置いており、同条第八項の委任規定により創設的に定められたものではないから、原告主張のように、旧施行規則の前記条項が法律の委任範囲を越えたものと論ずることは出来ないのである。そして原告会社の昭和三八年事業年度における発行済株式数は三万株、同三九事業年度における発行済株式数は三万七、五〇〇株で原告会社の代表取締役である小野信夫とその親族である小野一郎、小野信輔、小野喜三郎、小野順子がその全部を所有しているから、原告会社は旧法人税法第七条の二第一項第一号に規定する同族会社に該当するものであるところ、取締役小野健子は、原告会社が同族会社であるかどうかの判定の基礎となつた株主小野信夫の妻であり、同西川倫治はその義兄(妻健子の兄)、同岩下幸生はその義弟(小野信夫の妹の夫)であるため、小野健子、西川倫治、岩下幸生は旧法人税法施行規則第一〇条の三、第六項、第四号にいう『同族会社の役員のうちその会社が同族会社であるかどうかを判定する場合にその判定の基礎となる株主の同族関係者である者』に該当し、使用人たる職務を有する役員ではないのであるから、その賞与を同規則第一〇条の四により損金に計上することができないのは当然である。次に監査役の小野喜三郎は福岡大学在学中で、何ら監査役としての実質的職責を果たしていないのであるから、それにも拘らず同人に報酬が支給されたのは、原告会社の株式の九五パーセントを所有し、会社の意思決定を自由になし得る立場にある小野信夫が、自己の負担すべき小野喜三郎の学資を監査役報酬名義で原告会社に肩替り支出させるためであつたと考えられる。このようなことは一般の非同族会社では容易に見られぬ異例の現象というべきであり、原告会社の法人税の負担を不当に軽減させる行為であると認められるから被告が喜三郎に対する報酬を否認したのは旧法人税法第三〇条第一項の規定に基づく適法な措置というべきである。よつて原告の主張はいずれも失当たるを免れない。」と述べた。

(証拠省略)

理由

一、原告主張の請求原因一、二の各事実はすべて当事者間に争いがない。

二、そこでまず被告が小野健子外二名に対する役員賞与につきその損金計上を否認したことが違法であるかどうかにつき判断する。昭和四〇年法律第三四号による改正前の旧法人税法第九条第一項によると、法人の課税標準たる各事業年度の所得は各事業年度の総益金から総損金を控除した金額によると定められているが、同条にいう総損金に利益処分が含まれないことは、利益処分が所得の確定後、その所得のうちから行なわるべき性質のものであることに鑑み、いうまでもないところである。そして昭和四〇年政令第九七号による改正前の法人税法施行規則(以下単に旧施行規則という。)第一〇条の四本文によると、役員に対して支給した賞与の額は所得の計算上損金に算入しない、と規定されているから、この規定によれば役員の賞与が益金処分であることは明らかである。そして一般に役員に対する賞与は、役員が会社の機関として重大な責任を負い、企業の利益をあげた功労に報いるため営業年度の利益から分与されるもの、換言すれば役員が企業の使用人としてでなく、その企業者的地位に基づいて受けるものであるから、益金の処分であり、損金ではないといわなければならない。この点で役員に対する報酬が職務執行の対価として会社の利益の有無に拘らず与えられ、その故に事業遂行の通常且つ必要な費用として損金性を認められるのとは異なるのである。

したがつて右規則第一〇条の四本文は旧法第九条第一項にいう総益金、総損金の概念から当然導かれるところを注意的に規定したものと見ることが出来る。

ところで商法第二七六条の反対解釈として会社の取締役は支配人その他の使用人を兼ねることが出来るから、このような使用人兼務の役員に対して賞与が支給された場合、これを原告主張のように損金に算入すべきか、被告主張のように益金処分と見るべきか、これが本件の問題である。この点に関し旧施行規則第一〇条の三、第六項第一号と第一〇条の四を併せ見ると、非同族会社における社長、副社長、理事長、代表取締役、専務取締役、専務理事、常務取締役、常務理事、清算人その他これらの者に準ずる役員については使用人兼務性が否定されているが、これらの役員は業務執行権を有するのが通例であるから、右規定がその使用人兼務性を否定しているのは極めて妥当な態度と評し得る。ところが原告会社は、その昭和三八年四月一日から同三九年三月三一日までの事業年度(以下昭和三八事業年度という)における発行済株式数が三万株、同年四月一日から同四〇年三月三一日までの事業年度(以下昭和三九事業年度という)における発行済株式数が三万七、〇〇〇株(旧法人税法によれば株式金額の如何が要件となつているがこれを発行済株式総数におきかえても結果に変りはない。)で、その全部を訴外小野信夫とその親族である小野一郎、小野信輔、小野喜三郎、小野順子において所有していたこと、取締役小野健子は信夫の妻、同西川倫治は信夫の義兄(妻健子の兄)、同岩下幸生は信夫の義弟(妹の夫)であることについては当事者間に争いがないので旧法人税法第七条の二、第一項第一号所定の同族会社に該当し、小野健子、西川倫治、岩下幸生は旧施行規則第一〇条の三、第六項第四号にいう「同族会社の役員のうちその会社が同族会社であるかどうかを判定する場合にその判定の基礎となる株主の同族関係者である者」に該当するから、同項本文によつて同規則第一〇条の四ただし書にいう使用人としての職務を有する役員に該当せず、同条本文によりその賞与の損金計上が否定されることになるのである。つまり右三名は、非同族会社においては、右規則第一〇条の三、第六項第一号に掲げられた以外の取締役が使用人兼務性を認められるのに反し、単なる取締役にすぎなくとも使用人兼務性を否定されるのである。原告は右一〇条の三、第六項第四号の規定を法律の委任の範囲を超えた無効の規定と主張する。

然し同族会社は原告のような株式会社についていえば、過半数の株式を所有し、利害を共通にする少数の大株主によつて支配されているため、これらの株主(旧施行規則第一〇条の三第六項第四号にいう同族会社判定の基礎となる株主)は勿論、右株主と親族関係にある者で役員となつた者は、その親族的連けいをもつて会社運営に直接間接の強い支配力を及ぼす地位にあり、したがつて、これらの者は同時に使用人としての職務を行なう場合であつても経営者の地位において業務を遂行し得る場合が多く、この点で非同族会社における単なる取締役にすぎない役員とは大いに趣を異にし、むしろ前記第一〇条の三、第六項第一号にあげられた役員と同様な性格を帯びるものといわなければならない。このような同族会社の特殊性に鑑みるとき、同族会社の役員のうち、同族会社判定の基礎となる株主の同族関係者について、使用人兼務性を認めず、以て旧施行規則第一〇条の四の規定と相俟ち、右の者の賞与について損金性を否定する旧施行規則第一〇条の三、第六項第四号の規定は、適正且つ公平な法人税賦課の目的に照らし、合理性を有し、又旧法人税法第九条第一項にいう益金及び損金の概念と背馳する結果を生ぜしめるものでもないと解すべきである。この意味において右規則第一〇条の三、第六項第四号の規定は、旧法人税法第九条第一項の予定する所を決して超えるものではなく、従つて右規定が法律の委任の範囲を超えた無効なものであるとの原告主張は採用し難い。

したがつて被告が小野健子外二名に対する賞与の損金計上を否認しその限度で原告会社の所得および法人税額を更正したことに何らの違法はないものというべきである。

三、次に小野喜三郎に対する役員報酬を否認したことが違法かどうかにつき判断する。

原告会社代表者尋問の結果(後記信用しない部分を除く。)によると、原告会社の昭和三八、三九事業年度における監査役小野喜三郎は昭和一七年生れで、当時福岡大学商学部に在学中のため、普段は福岡市に居住し、原告会社のある長崎市には休暇のとき帰省するにすぎなかつたことが認められ、右事実によれば同人は会社所在地から相当離れた地において勉学途上にある若年の身にすぎなかつたのであるから、監査役としての能力も十分ではなく、かつ事実上監査役の職責を果たすことも出来なかつたものと考えられる。この点に関する原告本人尋問の結果は信用しない。他方右代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告会社は喜三郎の父である小野信夫によつて昭和二二年一〇月に設立されて以来、その運営は専ら代表者である同人一人に委ねられ、会社役員の選任も同人の一存で自由になしうるところであつたことが認められるからこのような小野信夫の原告会社における支配力を考えるとき、喜三郎が監査役に選任されたのは同人の学資の一部を監査役報酬名義で支出し、これを原告会社に負担させるにあつたものとみることができる。そして非同族会社にあつてはかように事実上監査役の業務遂行を期待出来ない者を監査役に選任して報酬を与えるようなことは容易に行ない得ないところであり、これは原告会社のような同族会社であればこそなし得たものであるということが出来るから、その結果法人税の不当な減少を招くことが明らかであれば、課税の一般的公平を保持する上において到底放置し得ないところというべきである。従つて被告が小野喜三郎に対する監査役報酬を否認したことは旧法人税法第三〇条第一項による当然の措置として是認さるべきである。

原告は監査役喜三郎の報酬の否認すべからざる所以を縷々主張するが、被告のした否認の理由が、喜三郎における監査役としての職務遂行の程度にあつたのではなく、右認定のように、原告会社において法人税の負担を不当に減少させる行為計算をしたことに基づくものである以上、原告の右主張もまた採用の限りでない。

四、よつて原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福間佐昭 右川亮平 野村利夫)

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